Dear.生梅

2005,3,6

お元気ですか?君が家庭学習中にあんなことになっていたなんて僕は全然知らなかったよ。
まさか、本当に韓国へ行ってしまうなんて誰が想像できただろう。

思い返せば1月31日、家庭学習に入る前日の君はやけに明るく振舞っていた。
きっとあれは君の精一杯の僕たちに心配をかけないための笑顔だったんだね。
だから僕は君が「え?じゃあ、韓国行っちゃうよ?」って言ったのも冗談だと思ってしまったんだ。
いつものように僕らは他愛もないことに必死になって、何が面白いのかも分からずに馬鹿みたいに笑って。
君がこれから起こることを覚悟していたことも知らずに。

Your Friend.shito        
 
 

・2月3日、1歩を踏み出した日

彼は韓国行きの飛行機に乗ろうとしていた。
荷物はショルダーバッグ1つだけ。旅行というにはあまりにも少なすぎる用意。
待合室のイスに座っている彼を気にかける人は誰もいない。
2つ後ろの席にはおばさんが3人、おみやげがどうのヨン様がどうのと話し込んでいる他には、
アナウンスから流れる声が響いているだけだった。
ガラス窓の手すりに寄りかかって空をボンヤリ眺めている人、ひっきりなしに時計を覗いている人。
そこには不思議な穏やかさがあって時間はゆっくりと過ぎていた。
そういや宿題やってなかったなぁ、彼は必要もないのにそんなことばかり考えていた。
その時、搭乗受付のアナウンスが無常にも彼を現実へと引き戻した。
そして彼は顔を上げると、その1歩を前へ踏み出した。

・1月30日、運命の歯車が回った日

深夜のことだった。
彼のケータイがけたたましく着信を知らせる。
心地よい眠りに滑り落ちようとしていた彼は半分苛立ちながらものそのそと起き上がった。
こんな時間にかけてくるとは、なんて非常識な奴だろう。
そう思いながらも彼はケータイのディスプレイを覗いた。
彼は冷や水をかけられたようにハッと目が覚めた。
「スー・・・」
呟くようにそう言うと彼は受話ボタンを押した。
「もしもし・・・?」
「アナタに会いたいの。恋しくて恋しくて、もう胸が張り裂けそうに苦しいの。
  アナタから電話がかかってきたことは1度もない。いつも、私から・・・。
  このままじゃいけないと思うの。このままじゃお互いを忘れてしまう。
  私、わかってる。アナタの心が離れていってるのも・・・。
  でも、これが最後でいいからアナタに会いたい。お願い。
  サヨナラくらい直接言ってもらいたいから・・・。すぐに会いたい。」
彼にはわかったよ、としか言うことが出来なかった。
電話を切ると彼は韓国行きを決意した。サヨナラを言うために。
幸運にも飛行機の予約はすぐに取れた。
2月3日。全てが終わる。彼は眠気に襲われ再び床についた。

・2月4日

昨日はあっという間だった。
空港に到着すると近くのビジネスホテルを探した。最近では日本人観光客が多く格安で泊まれる所が至る所にあり、すぐに見つけることが出来た。
チェックインするとスーに連絡しようと公衆電話から電話をかけた。
韓国に着いたこと、明日どこで待ち合わせるかということ、それだけ告げると彼は電話を切り部屋へ入った。
今日会うことも考えたが、すぐ止めた。
疲れていたし何より会ってすぐサヨナラを言うのも気が引けたからだ。
明日決まるんだな、そう思いながらベッドに寝転んでいるといつのまにか眠ってしまっていた。

目が覚めるともう夜が明けていた。
チェックアウトを済ませるとレストランへと向かった。
つい寝てしまって昨日は晩も食べることができなかった。とにかく食欲を満たそう。
腹が減っては戦は出来ぬ。いや、戦という表現は可笑しいかな。なんて自嘲していると日本人向けのレストランが目に入った。
店員は日本人と韓国人が半々。店内はすっきりとしていて日本のアイドルのポスターまで貼ってあるくらいだった。
品書きも日本語で書かれていたので苦労はしなかった。
注文ついでに彼はギョキ公園、待ち合わせの場所への行き方を尋ねた。
公園まではここからバスで1時間くらいらしい。
バス名や時間などをメモすると彼は運ばれてきた朝食を口に運んだ。

公園に着いた彼はベンチに座ると空を見上げていた。
スーが来るまで2時間もある。さすがに早すぎたかな。空は清々しい位の晴天だった。
視線をまわりに向けると散歩する人や体操する人が見られた。
彼は文化祭で『日本と韓国はもっとも近くて遠い国』といった事を思い出していた。
なんだ、外国といっても日本と変わらないもんだ。
そう考えるとそう言ったのを少し後悔した。

・2月5日、希望を求めた日

なんでこんなことになってしまったんだろう?
公園で待ち合わせしていた彼はスーの親友のテヒョンに偶然にも出会った。
そこから全ては狂いだした。
テヒョンにさえ会わなければ彼はスーにサヨナラを言って終われただろう。
なぜこんなことに?
そればかりが頭に浮かんでいた。

一体どうなっているんだろう?
その時、スーは思っていた。
自分が公園へ彼を迎えに行ったとき、彼がベンチに座っているのが見えた。
入り口とベンチは向き合ったかたちではなかったから彼はまだスーが来たことに気付いていなかった。
彼の方が早かったのね、そう思い彼女は彼の元へと歩いていった。
近づいていくと彼の隣に誰かがいるのがわかった。
彼は親友のテヒョンと楽しそうに話をしていた。
なんて楽しそうなんだろう。嫉妬にも似た感じを受けた。
でも、たまたまだろうと思い直して、声をかけようと一歩踏み出したときだった。
「私と付き合って!」
いつも聞きなれたテヒョンの声が真剣みを帯びて彼に言った。
おかしい。テヒョンは私が彼と付き合っていることを知っているし、彼とのことも相談していた。
私の想いを知っているはずなのに。
「ちょっと待って!」
そう言って彼女は飛び出した。

自分でも驚いていた。
私、テヒョンはどうかしてしまったのだろうか?
スーから別れるかもしれないと相談をうけていたから散歩ついでに公園へ立ち寄った。
スーが落ち込んでいたら慰めてあげようと思っていた。
公園へ入ると彼は空を見上げていた。
彼とは面識があったからすぐにわかった。
まだ、スーは来ていないみたいだった。
近づいていくと彼は私に気がついたようだった。
「あれ?なにしてるの?」
声をかけると彼はちょっとね、と言い隣をあけてくれた。
せっかくだから少し話そうと思って隣に座った。
他愛もない会話。でも、彼が前会ったときより男らしくなった印象を受けた。
素敵だと思った。そう思ったら止まらなくなった。
そして、気付いたら告白していた。

2人の女が1人の男を挟んで睨み合っていた。
空気は重く、彼は今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
沈黙が続いていた。1分も1時間に感じた。
突然スーが彼の方を向き、
「お願い、別れないで!自分の気持ちに嘘つけない・・。アナタと別れたくない。お願い。」
彼女は必死に彼の目を見つめ訴えた。テヒョンは何も言わなかった。
でも、気持ちは何となくわかってしまった。
「ちょっと考えさせて。」
彼にはその言葉が精一杯だった。

昨日のことを思い出しながら彼は溜息をついた。
昨日はあのまま別れ、また近くのビジネスホテルを探して泊まった。
時間はもうお昼前だ。こっちに来てからちゃんと眠ったことは無かった。
とりあえず、チェックアウトしよう。そう思い、腰掛けていたイスから立ち上がった。
足が重い。荷物は無いに等しいのだから精神的な疲れだなと思った。
フロントを出、玄関を抜けるとテヒョンが立っていた。
「やっぱりここだった。このあたりじゃホテルってここだけだもんね。」
屈託の無い笑顔がまぶしくて思わず目を細めてしまった。
「昨日は、ゴメンね。」
彼女が近づいてくる。
「ちゃんと食べてる?そんな暇なかったんじゃない?」
そう言いながら彼女は彼の手を引いた。
「おいしい韓国料理屋があるから、連れて行ってあげるよ!」
俺、韓国料理あんまり好きじゃないんだけどな。そう思いながらも彼はなされるがままだった。
彼女は手を引いてズイズイ進んでいく。街はもうかなり賑わいだしていた。

おいしかった。
きっとお腹がすいていたせいもあるだろうけれど、素直に彼は満足していた。
店に着くと彼女はさっさと注文を済ませ、彼をテーブルに座らせた。
このとき彼はキムチは無料であることをはじめて知った。
食事中は一言も会話をしなかった。彼は気まずいなと思った。
それでも、さすがにお礼くらいは言わないといけないだろう。
「おいしかったよ。ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃ行こっか。」
彼女が清算を済ませ表へ出た。彼も自分の分は払うと言ったが正直財布が厳しくなってきていたので結局言葉に甘えることにした。
「それじゃあ、お返しにちょっと買い物に付き合ってね。」
また彼女は彼の手を引きズイズイと市場の方へ歩き出した・・・。

・2月6日

決断すると早かった。
これではいけないと思った。一体自分は韓国まで来て何をしているのだろう。
買い物の途中だったが、彼女の手を逆に引きスーの家へ向かった。
テヒョンは何も言わず彼についていった。
家に着くと母親が出てきてスーは公園へ行ったと教えてくれた。
公園に付く頃には陽はかなり落ちていた。公園の木々が明るく染まり、黄昏時を知らせていた。
子供を迎えに来た親たちがしきりに子供の名前を呼んでいるのが聞こえた。
スーはベンチに座っていた。
あの日の自分と同じように空を見上げながら。
「スー・・・。」
呼びかけると彼女は驚いたように振り返った。
彼は驚いた。
彼女の目から涙がこぼれ落ちていた。夕陽が反射してキラキラと光る涙はとても綺麗だった。
これにはテヒョンも驚いたようだった。
「あ・・。な、何?」
頬をぬぐいながら応えた。
「いや、その・・・。」
また少し沈黙が流れた。
まさか泣いているとは想像もしなかった。これほどまでに彼女にショックをあたえていたのかと思うと心が痛んだ。
「あ、ゴメン。変なとこ見られちゃったな。」
そう言いながら彼女は笑っていた。
彼は何も言い出すことが出来なかった。はっきり2人に別れを告げるつもりだったのに。
自分はダメなやつだなと思った。心が少し動いたのがわかってしまったから。
「私ね・・・」
スーが口を開いた。
「私ね、やっぱりアナタと別れようと思う。
  今日一日ずっと考えてたんだ。私すごくアナタを苦しめてるんじゃないかって。
  初めてあったときのこと思い出してた。アナタはとても楽しい人で、みんなに笑いを振りまいていた。
  私幸せだったよ。短かったけどアナタの彼女でいられて。
  あ、それから私新しい彼氏が出来たの。」
彼はあっけに取られていた。
夕陽ももうビルの後ろに隠れようとしていた。

一体自分はなんだったんだろう。空港の待合室から星を眺めながら考えていた。
サヨナラを言うために来て、テヒョンに告白されて、スーも別れたくないと言い出して、
さんざん悩んで苦しんで、はっきり別れを告げようとしたら逆に振られて、
まったく散々だった。
後から聞いた話だがテヒョンはスーに新しい彼氏が出来たことを彼に伝えようとホテルに来たらしい。
しかし、だいぶまいっている姿を見たら、とりあえず食事を取らせようと思ったらしい。
それからテヒョンも一晩考えたらそれほど彼のことは好きでないことに気付き、告白を撤回したようだ。
待合室は静かだった。
彼の2つ後ろの席には、おみやげがどうのヨンハ様がどうのと盛り上がっているおばさんが3人いるだけだった。
搭乗受付が始まった。
彼は溜息をつくと帰りの便に乗り込んだ。後ろを振り向こうともせずに。

 
 
 

 
 
 

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